死を選択せざるを得ない子どもと「共に」闘う『いじめ探偵』
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死を選択せざるを得ない子どもと「共に」闘う『いじめ探偵』

【レビュアー/工藤啓

自殺未遂、ノートに書き記される「死ねなかった」の文字

暴力、犯罪行為も、子どもたちを表現するときには「いじめ」という言葉が使われる。私たちは毎年、毎日のようにメディアを通じて凄惨ないじめ行為を耳にする。

世界でも若者、子どもたちが命を失う理由で自殺がここまで多い国はほとんどない。特に夏休みの終わりから二学期の始めには、無理に学校に行く必要がないこと。親は子どものSOSを見逃さないこと。社会全体で子どもたちを守ろうとメディアは紙面を割く。

それにもかかわらず、目を覆いたくなるようないじめの話はなくならない。日本のいたるところで子どもたちが命を削られ続けている。

いじめを受け、学校の屋上から飛び降りることを選択せざるを得なかった少年は、腕の骨折程度で命を取り留めた。その少年が夜一人机に向かって、ノートに書いたのは「死ねなかった」で埋め尽くされた言葉だ。

裸にされ落書きされた写真をクラスメートにばらまかれる。虫を口に入れられる。そんなことをされたらこうしたらいいのに、と私たち大人は考える。しかし、子どもたちが周囲に言わないのは、家族を心配させたくないからだ。だから自宅では家族に気が付かれないよう細心の注意を払って生活をする。

学校の先生に言わないのは、もはや伝えたところで何の役にも立たないばかりか、それによっていじめがエスカレートするのを知っているからだ。だから、先生に何か言われても「大丈夫です」と答える。

クラスメートに助けを求めないのは、次の標的がその子になることを知っているからだ。自分以外の誰かが、自分のような仕打ちを受けないよう、いじめられていることをみんなが知っていようが、何とかしてほしい、一緒に闘ってほしいとは言わない。

そのような子どもたちが、私たちの社会にはたくさんおり、大人の目が届きづらい場所で耐え忍び、命をかろうじてつないでいる。

闘い方ではなく、一緒に闘う存在

『いじめ探偵』は、探偵・忌村正一が、いじめられて、命をギリギリでつないでいる子どもたちとともに、いじめている側、そのいじめを隠蔽しようとしている大人と対峙していく。

闘い方を教えるのではなく、一緒に闘うことで子どもたちを守ろうとする姿を描いたものだ。なぜ、一緒に行動をともにする大人が必要なのか。それは、家族や当事者の子どもに助言をしても、必ずしもその通りに行動できるわけではなく、さまざまな環境との相互作用によって、身動きが取れなくなることもあるからだ。

また、いじめる側といじめられる側という対立構造に対して、対立構造をうやむやにしながら形式的な解決だけを目指す第三者だけでは、いじめられる側の願い、いじめがなくなることだけではなく、子どもが学校内で孤立せず、本来の姿を取り戻すまで行きつかない可能性がある。構造から改善、変革をしようとするのであれば、関係者以外でいじめられている当事者側の立場に立って、一緒に行動をともにする存在が必要なのは自明だろう。

それほどいじめる側といじめられる側の対立構造はフェアな関係性ではない。本書エピソードでも、直接的、間接的にアンフェアな関係性に追い詰められている子ども、家族の姿がある。

大切なのは、とにかく証拠を残すこと

いじめられた側の証言が誇張されたものでなくとも、ヒアリングをベースにした報告書だけでは、「そういう考え方もある」「そのように見えていることが確認された」と、実際に起こったこと、受けた被害が矮小化される可能性がある。

そのため、忌村が子どもに授けたのが「録音して残す」ことだった。

そこを押すと録音が始まるから なるべく相手と距離を縮めて、誰が喋ったか、相手の名前を呼んでわかるようにね。」

すごいね、コレ。本物のスパイみたい。

その意気だ。悪い奴らの言葉を全部 録音してやろう。

この録音によって、確固たる証拠を残したことが、学校が対応に動かざるを得ない決定的なものになる。ただし、漫画とは言っても、録音された音声内容を聞くシーンは、まさに聞くに堪えないものになっている。

証拠がなくても動くことはある。いじめが解決されることもある。しかし、証拠があれば少なくともうやむやにされ、どっちもどっちという被害者に不利な形であっても物事を納めようとする空気には抗えるはずだ。

いじめから逃げるオプション、いじめと闘うオプション

いじめられた少年が元気に学校に行けるようになっても、これまで受けた仕打ちに対して家族の気持ちが収まるわけではない。屋上から身を投げ、九死に一生を得たということであればなおさらだ。

自分の命を絶つところまで追い詰められたのに・・・アイツはまったく反省すらしてないじゃないですか!?

と怒りを抱えたままの兄に対して、忌村はある事例を伝える。

親は、我が子のいじめをけっして認めなかった。親からするといじめを認めれば、その子の経歴に傷がつくと思ったんだろう。(中略)「悪いことをしても見つからなければ問題ない」・・・「自分は特別だから何をしても許される」・・・「結局、最後は親が尻ぬぐいをしてくれる」・・・そんな”いじめ成功体験”を持ってしまった子どもは、いずれ人生の道を踏み外してしまうんだよ。

もちろん、いじめられた子の心にも傷が刻まれる。それに対して忌村は復讐の方法を授ける・・・

『いじめ探偵』は、いじめを解決するために闘うオプションを描く漫画だ。

一方、いじめから「逃げる」というオプションがあることも忘れてはならない。

逃げることも闘うことも、当事者である子どもや家族の意思決定が重要だ。ただ、当事者になってしまえば、オプションすらも思い浮かばず、ただ耐え忍ぶ、または環境から逃れるための選択を取らざるを得なくなってしまうこともある。

また、本書は学校や担任教師がいじめを認知しながら見て見ぬふり、隠蔽する立場で描かれているが、たくさんの先生方がいじめに対応するため、専門家と連携しながら尽力されていることも忘れてはならない。

みなさんは、幼少期にいじめを受けたことがあるだろうか。また、いじめていた、いじめていることを見て見ぬふりして実質的に加担していたことはあるだろうか。いま、この時点でもたくさんの子どもがいじめられている。

小さな子どもがいなければ、なかなか子どものいじめについて、生活が結びつくことはないかもしれない。それでも、痛ましい事件、凄惨ないじめの報道を目にするたびに、私たち大人の胸は痛む。

直接的にはいじめをなくすことに取り組めないかもしれないが、たくさんの大人がいじめのない社会を目指し、本業として活動をしている。私はNPOという非営利組織で活動をしているが、子どもたちをいじめから守るための活動を本務としているNPOがたくさんある。

気が向いたとき、いじめの報道を目にしたとき、検索サイトを通じて、いじめに取り組むNPOを検索し、その活動を目に留めてほしい。そこで働くこと、プロボノやボランティアとして参画すること、寄付やSNSで活動をシェアすることなど、私たちにできるいじめのない社会に向けた行動は本当にたくさんある。


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