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漫画愛を語る上で、読んだ量や掛けた時間やお金よりも大切なこと『金魚屋古書店』

今回ご紹介するのは、去る6月30日に最終巻の17巻が発売された芳崎せいむ先生の『金魚屋古書店(以下、金魚屋)』。

日本のどこかにあるであろう漫画専門の古書店を舞台に、古今東西の名作漫画とそれを取り巻く人々を描いた「漫画㏌漫画」の傑作です。

この世にはまだ私たちの知らない漫画がたくさんあると教えてくれるエピソードの数々は、自分たちも誰かと漫画の話をしたい、そんな気持ちにさせてくれます。

古今東西幅広いを扱う漫画屋。そこに優劣の差はない


舞台は、その界隈で知られた漫画を専門に扱う「金魚屋古書店」。店主である祖父の鏑木清太郎から代理店主を引き受けた鏑木菜月や、店員かつ居候の斯波尚顕(しば・なおあき)を中心に、漫画が好きなお客さんとのやり取りを描きます。

石ノ森章太郎先生の『サイボーグ009』、武内直子先生の『美少女戦士セーラームーン』、漫画版『ムーミン』……。金魚屋に登場する作品は本当に幅広く、どうやって作者の方が取り上げる作品を選んだのか想像もつきません。

しかし、どのエピソードもそれぞれの作品がエピソードに登場する人たちの心を震わせた作品であることが伝わり、その感情を追体験したくて紹介された作品を読みたくなります。そして良質な「カタログ」を見せた次の瞬間、これだけ浸透している漫画の中に、もはや簡単には読めなくなった漫画もあるという残酷な現実も突き付けます。

特筆すべきは、どんな高名な作家の作品にも最近の作品にも差をつけないこと。もちろん掘り出しものの漫画を古書店に売って利ざやを稼ぐセドリの方々が登場するので「高い価値が付く漫画」「そうではない漫画」はあります。しかし、登場する人たちはみんな漫画を読む時はそうした価値から離れて楽しんでいます。

「俺の読んだ事ある漫画と俺がまだ読んだ事ない漫画」

これは登場人物のひとり、斯波さんの名言ですが、この区分けを徹底するように、どの作品も持ち上げたり貶めたりしません。

ある作品は誰かにとって何にも代えがたい宝物であることを貫き、それぞれのエピソードに登場するひとたちは、誰もが次から次に生まれてくる漫画をひたすら楽しみにしています。こうした態度に、それぞれが思い入れのある好きな漫画を持つ私たちも安心できます。

取り上げる作品が多い分、その出会い方も多種多様。書店の棚での出会いだけでなく、近所の人から引っ越しをきっかけにもらったり、学校などのバザーでまとめて買ったり。

今のように電子書籍が広がるとなかなか難しいのですが、私自身の記憶でもつい数十年前はこうした出会いがすごく自然だったことを思い出しました。私も『らんま1/2』と『ときめきトゥナイト』『三国志』は親せきの人からまとめてもらって読みました。『ゴルゴ13』も親の本棚から借りて読んだ口です。

漫画は自由に楽しんでいいし、楽しみ方は人それぞれ

映画や小説を含め、漫画に限らず「作品紹介モノ」作品に多いのは「読み方/楽しみ方」を誰かが教えそれによって教えられた方が何かを理解して「一歩前進する」という設定です。『金魚屋』でもエピソードによっては登場する人たちがある漫画との出会いによって目を開かれたり考えを変えたりということはあります。

しかし『金魚屋』の全体に流れるのはこうした単純な構図ではなく、もっと自由に漫画を楽しんでいいし、その楽しみ方は人それぞれという大きなメッセージだと思います。

最近はSNSなどで感想を共有する動きが活発です。「同じ作品を好きな人がいる」と認識でき、そこから交流が生まれるのは楽しいことですが、ついつい「好き」や「理解」の度合いを人と比べてしまい、対象となる作品を好きだといっていいのかすらわからなくなることすらあります。雑誌の撮影で金魚屋古書店を訪れたアイドルのように「別に漫画は好きじゃない」と思ってしまうかもしれません。

これらに対し『金魚屋』はまだSNSが広がる前に描かれたこともあり、登場人物たちは漫画に自分だけで向き合います。漫画を読んで生まれた感情や感動は自分だけのものであり、だからこそたまにできる同じ興味を持つ人と感想の共有を大切にする。こうした描写が思い出させるのは漫画の感想はあくまで私たち個人のもので、どう感じても自由ということ。

「金魚屋」を読んでいけば、読んだ量、掛けた時間やお金で対象に対する愛情を測るのはばかげたことだとわかります。斯波さんがいうように漫画を読んで心が動かされればその漫画を好きと言っていい。その心の動きは感動や笑い、涙かもしれないし、もしかしたら『デビルマン』のように恐怖かもしれない。

心の動きは誰にも支配されない、自分だけのものなのです。

漫画はいつも私たちのそばに

マジシャンが老人ホームへの慰問に行くエピソードでは、漫画は若い時でも歳をとってもいつでもどこでも私たちのそばにいてくれると描かれます。

楽しいとき、心が折れそうなとき、苦しいときに手にすれば、漫画はいつも私たちに寄り添ってくれる――。

『金魚屋古書店』は、そんな基本的な気持ちを思い出させてくれます。

WRITTEN by bookish
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