原作ファンも納得。未読者にもわかりやすい。原作の世界観と面白さが圧倒的に凝縮された藤崎竜版『銀河英雄伝説』
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原作ファンも納得。未読者にもわかりやすい。原作の世界観と面白さが圧倒的に凝縮された藤崎竜版『銀河英雄伝説』

【レビュアー/bookish

不朽の名作SF小説である、田中芳樹先生の『銀河英雄伝説』(以下『銀英伝』)。

その漫画化というと、道原かつみ先生のものが有名ですが、現在連載中の藤崎竜先生版も負けていません。原作のエピソードをうまく整理し、長きにわたるファンの精読に耐えてきた面白さを凝縮して原作ファンも未読者も楽しいコミカライズになっています。

巧みに整理されたエピソードでラインハルトの人生を追う

藤崎版『銀英伝』は物語の主人公のひとり・ラインハルトとキルヒアイスの出会いから始まります。貧乏貴族のラインハルトが平民のキルヒアイスの隣家に引っ越して来て、友達となり幸せな人生を送っているところ、突如としてラインハルトの姉・アンネローゼが皇帝の元へ召されるという悲劇が襲いかかるーー。

ラインハルトの一生涯にフォーカスした自然な物語の始まりですが、実は原作とはまったく違います。

原作は、成長したラインハルトが、自由惑星同盟側の物語の中心人物のひとりであるヤン・ウェンリーと対決する群像劇から始まります。

原作では戦いのエピソードから入ることで「人類は宇宙に進出しても戦争を続けている」という普遍性が強調されていましたが、藤崎版は中心となるキャラクターの一生を描くことで、より読者の敷居を下げているように思います。

これは原作の小説が、外伝も含め完結しているからできることでしょう。


後の展開を踏まえたキャラ付け

『銀英伝』の中には、物語を大きく動かすエピソードや鍵となる人間関係が数多く出てきます。そうしたエピソードを時系列に整理し、後々の展開の布石になりうるところは外さず、かつその後の展開で重要になるキャラクターの感情は強調。「あのキャラクターがとこの行動をとったときどう考えていたのか」などがきれいに補われています。

そして、原作にない展開やキャラクター同士のやりとりでも、その後の展開をスムーズにするためにはどんどん入れてきます。

しかもその入れ方は、まったく不自然ではない。さらにそれと並行して、物語の展開の鍵となる人物の出会いは早めるなど、のちの展開が不自然にならない丁寧な人間関係の相関図作りにも腐心します。まるで、すべてが美しい物語の最後のために設計し直されているようにも見えます。

本作はその長さとテーマから、ハマった読者はそのテーマや描かれる主張について何かしらの意見を持つようになります。

過去にこうしたテーマについてファンの間でいろいろな意見がかわされてきましたが、そうした議論を藤崎先生なりに消化して作中に落とし込んでいるのではないでしょうか。

正直、原作側がよくここまでの「改変」を認めたなと思うのですが、原作がある種の古典となり評判が固まっているからこそできる冒険なのかもしれません。

そしてその冒険が見事にハマり、他のメディア展開のお手本になるような「他の才能と混ざり合うことで生まれる面白さ」が表現されています。

女性キャラが元気です。

1982年に連載が始まったSF小説である原作は、当時の時代背景を反映し、どうしても中核となって動く女性キャラクターが限られます。

しかし21世紀に連載されている藤崎版はここを大胆にアレンジ。同盟側の女性政治家はもちろん、女性の整備士も登場します。

そしてなんと言っても、女性キャラクターが藤崎流アレンジでとても生き生きしています。

『PSYCHO+ サイコプラス 』や『封神演義』の例を持ち出すまでもなく、藤崎竜先生の漫画では、どれも登場する女性キャラが凡庸ではなく個性的です。

『銀英伝』では、ラインハルトの姉であり彼の人生を左右するアンネローゼは、さすがにもとの描写を動かせなかったとみられますが、それ以外の女性キャラは、たとえほんの少しのエピソードにしか出てこなくても、きちんと藤崎先生の命を吹き込んでくれました。

私自身、『銀英伝』の世界を楽しんで長い身ですが、帝国側の皇女2人の登場をもっと増やしてほしいと思ったのは初めてでした。

もちろん貴族らしい傲慢さがあり最期は原作通りなのですが、短いエピソードの中で彼女たちは彼女たちなりに自分の人生を選んで生きてきたのだということを伝えてくれます。

広がる「『銀英伝』ワールド」

すでに小説などで『銀英伝』の物語を知っている方にとって、藤崎版『銀英伝』は「さて自分の考える世界がどう展開されているだろうか」という視点で読むことになるとおもいます。

その期待はけして裏切られません。物語の先を知っているはずなのに読み続けたくなります。お気に入りのエピソードはどう書かれているのか気になるからです。

原作ファンで「結末知っているし」と見送っている方はもったいない。ぜひ藤崎ワールドと『銀英伝』の世界の絶妙な出会い、交わりを、楽しんでほしいと思います。(もちろん原作の辛い場面もやってきます。私もなんど読む手が止まったことか)

そしてまだ『銀英伝』を知らない方。これまで「なんか面倒なオタクが語っている作品」と思っていたかもしれませんが、藤崎版はそうした初心者・初級者の入門にうってつけだと思います。難しい宇宙SFものと思わず、ラインハルトという時代を駆け抜けた改革者の一生を追う気持ちで読んでほしいです。

そして藤崎版で、『銀英伝』の世界が面白そうだと思った方へ。まず小説を原作としたアニメが2つあります。そして舞台作品にもなっています。過去の「舞台 銀河英雄伝説 第二章 自由惑星同盟篇」では、なんと河村隆一がヤン・ウェンリーを演じ、とてもしゃきっとしたかっこいいヤン・ウェンリーでした。なんなら「宝塚歌劇 宙組公演『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』」もございます。アニメや舞台のメディア展開以外にも銀英伝は一定の範囲で二次創作を公式が認めているため、本編のその後を描く二次小説も豊富です。

このように、ほかの歴史のあるコンテンツに負けず一度入れば深く広い沼の広がる『銀英伝』。

藤崎版コミカライズからいかがでしょうか。


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