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社内ニートなのに社外からの信頼が超厚い鷹野さんが教えてくれる、”仕事がデキる”雰囲気の正体『無能の鷹』

とても“デキる”ように見える人

仕事ができる人とはどのような人物のことでしょうか。

最先端の知識を持っている。コミュニケーションが抜群にうまい。高い視座と結果にコミット。私たちのなかに漠然とある“デキる人”像というのは少なからず誰もが持っていると思います。

スマートにスーツを着こなし、理知的でありながら威圧感がない。人徳にあふれた顔立ちに見え隠れする成長志向、謙虚な物腰。誰から見ても“デキる人”、それが鷹野ツメ子さんだ。

ITコンサルティング企業に入社して1年半、彼女は社内ニートになっていました。

理由は「無能」だからです。

彼女は何もできません。難しいことができないのではなく、誰でもできることが彼女にはできません。Excelで導き出した回答を疑い、電卓で計算して突合するも、彼女の算数が間違っているためExcelの優秀な計算機能はまったく活かされません。

彼女はITコンサルタントがクライアントと使うカタカナ用語もさっぱりわかりません。何なら小学生レベルの国語も苦手です。同期入社も先輩も、指導係も、ガッツリ諦めます。採用を決めた上司は、人事部の打ち出した人物重視の姿勢や、なくした筆記試験を批判する以外に心のやり場がありません。

しかし、彼女は非常に“デキる人”のオーラをまとっています。柔らかな口調と強靭なメンタルで会社にいます。同僚は周囲が彼女に向ける批判的口調を心配しますが、彼女は

私がこの会社を必要としているから。会社に必要とされているかは考えないようにしている

として安定した職業生活を過ごしています。正直、まったく向いてない業界、彼女に厳しい視線を向ける社内のひとたちと一緒に過ごすのは苦痛ではないのでしょうか。心配した同期の男性は彼女を問いただしたところ、

丸の内のオフィス街をパリッとした服でカツカツ歩いて、受付を社員証でピッしたかったの。あと筆記試験ないところ

高層ビルの高い階層からキリッとした目で、彼女はそう言います。

そう、内容に乏しい浅い話です。

そんなめちゃくちゃ“デキる人”がいいそうなことを、デキそうな感じで話す彼女の言葉は、何の意味もないことをさも意味ありげに言うことが、この資本主義経済の中での生存戦略であるとすら思わせられます。

ビジネスにおけるコミュニケーション能力とは何か

数字が読めて、分析力があり、簡潔な提案書を作成するスキル。数字が苦手で、分析ができず、提案書もうまく作成できないビジネスパーソンが欲する能力かもしれません。

しかし、これらを持っていたとしても、クライアントとの信頼関係を作ることや、相手の課題を引き出し、解決策を提示しながらどうにか契約に持っていくためにはコミュニケーションの力が重要です。たぶん、重要です。

では、コミュニケーション能力とはどんなものでしょうか。検索すればいくらでも示唆がでてきます。多面的な研究もされています。ビジネスパーソン向けに絞ってもコミュニケーションを主題にした書籍は無数に存在します。

有能なコミュニケーターになるために必要なスキルは、いくらでも提示されています。しかし、自分がそれらを駆使して仕事ができているかどうかについて、自信を持ってイエスと言えるひとは少ないのではないでしょうか。おそらく、その理由はあまりにも「コミュニケーションという言葉が内包する領域が広範だから」です。

『無能の鷹』は、ビジネスパーソンが必要とする能力を定義し、どのような力があれば成功するのかを示唆しません。本書の有用性は、仕事ができる人が成果に近づくのは運の要素が非常に大きく、その運を引き寄せるのは“デキる人”オーラではないかという仮説を私たちにもたらすことです。

つまり、コミュニケーション能力の有無は相手次第で変化する要素を持ちますが、この人は“デキる人”っぽいから、その言葉や考えは信頼できるだろう、と相手が(勝手に)認識すれば、話す内容は何でもよくなります

優秀そうな上司が無能をさらけ出せば、部下を立てるためにフリをしていると思われます。相手のカタカナ用語をあえて繰り返せば、「本質を理解していないことがバレているのかもしれない」と相手は小さくなります。

まったく意味のない話を言葉にしても、それなりに含蓄あるように聞こえてしまうのも、“デキる人”に見えるひとの特徴です。

なるほど・・・!逆にシステムをうまく使える人は、これからもシステムをうまく使えるんですね

それなりにがんばってる人って、実はそれなりにがんばってるんですよね

IT系全般が苦手なタイプかどうかを聞かれたときも、

どうでしょうか・・・ただ言えることは、ITは私のことが苦手みたいです

何言ってるかわからないようで、すごく深いことを言っているように思われる。コミュニケーションの力が圧倒的に不足していたとしても、相手がポジティブな反応に至れば、それはまたひとつの能力である。本当にそうかどうかはさておき、『無能の鷹』は改めて必要とされている力の本質を考えるきっかけを与えてくれます。

デキないひとに対する自分の心をを映す鏡

さて、『無能の鷹』が非常に秀逸な漫画である理由を添えてレビューを終えようと思います。鷹野さんは、一般的にあった方がよいと思われる能力を持っているわけではありません。何とか身に着けようという姿勢もほとんどありません。

ときどき、何か深そうな発言がありますが、実際には内容はまったくありません。それでも、彼女は周囲から避けられつつも孤立しません。鉄のメンタルを持っているのか、周囲の情報を取り入れずに生きていける性格なのかは不明です。

それでも、彼女は所属している会社に不満はなく、社内ニート状態になってもしっかりそこにいます。

そんな彼女が傍らにいてくれるだけで新規顧客開拓や新しい提案採択につながります。何かをしているわけではないけれど、彼女がいてくれたおかげで自分の仕事が、会社のビジネスがうまくいくことがあります。理由がわからないため、再現性はありません。

そんな彼女の存在を読んで、私たちはそれぞれ何を思うでしょうか。経営者の立場から見た鷹野さん。上司や同僚目線での鷹野さん。重要なクライアントの責任者にいる鷹野さん。

生産性や効率性が優先されやすいビジネスの世界で、自分視点で他者を無能と評し、排除するべきなのでしょうか。そうしないと経営はうまくいかないのでしょうか。逆に、そのような人と一緒にいながら会社が沈んでいくなら、それはそれとして仕方がないことなのでしょうか。

『無能の鷹』で、仕事が”デキる人”に見えて実際は”デキない人”に対する自分の心を映す鏡として、ご自身の姿を覗いてみませんか。

WRITTEN by 工藤 啓
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