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希望がない国:日本 探してみたけど「そこそこの人生」なんてどこにも無かった件『僕たちがやりました』

※本記事は、「マンガ新聞」にて過去に掲載されたレビューを転載したものです。(編集部)

【レビュアー/角野信彦】

あなたは「そこそこの人生が生きられればいい」と思ったことがあるだろうか。現代の若者たちにアンケートを取ると、必ずといっていいほど、日本の若者たちが自分たちの将来に「悲観的」に生きているということがわかる。

例えば、内閣府が行った、「平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」では、調査に参加した各国に比べて日本の若者たちの将来に対する「希望」が著しく低いことが示されている。

今回紹介する、『僕たちがやりました』という漫画は、まさにこの「そこそこの人生」を追いかけていたにもかかわらず、とんでもない轍につかまってしまう若者たちの物語である。

主人公の言っている「そこそこの人生」というのがこの物語を読み解く鍵になっている。舞台は隣り合う2つの高校、一方が極めて普通の凡下高で、一方がヤンキー高校の矢波高になっている。

「そこそこの人生」とはどこにも存在しない空気みたいなものだ。

それは、他人の人生との比較論でしか語れない。そういう人間は、自分よりも上に感じる人間の人生を揶揄し、誹謗し、中傷して、自分の「そこそこの人生」を相対的に引き上げようとする。そして、自分よりも下に見ている人間の人生を軽蔑して、そこでも自分の「そこそこの人生」を引き上げようとする。

もう一人のこの物語を特徴づけるキャラクターが、「なんでもカネで解決する先輩」の小阪である。小阪は家が金持ちであること以外何もない人物として描かれている。何かトラブルが起こればカネで相手を黙らせることだけが彼の取りうる解決策だ。

仕事もなく、ケンカが強いわけでもなく、後輩たちからの信頼もない。彼は自分の個性を、自発的に何かを創ったり、したりする「生産すること」に見つけられず、無目的に「消費すること」で見つけようとする。当然そんなことで個性が見つかるはずがないのだが。

1984年に吉野作造賞を受賞した山崎正和の「柔らかい個人主義の誕生」という評論が出版されている。消費によって規定される「柔らかい個人主義」が必要とされるという議論で、この時代には、そうした未来はありうると考えられていた。少し長いが引用する。


この社会では、豊かさが欲望の対象をあまりにも多様化し、しかもそれをめまぐるしく変化させるために、人間は現に自分が何を望んでゐるかについて、自分の気持ちそのものがわからなくなる。十九世紀の個人は、欲望の限度は知らずとも、少なくともその向けどころは知ってゐたが、二十世紀の個人は欲望の方向さえ見失って、いはば二重に不安になるのだった。

彼は、何を手に入れるにしても外側に「理由」を必要とすることになり、その理由をあたへてくれる世間の評価を求めて、たえず他人の態度に注意しなければならない。環境は刻々に変わりつづけるから、彼はその「理由」を歴史の教訓に求めることはできず、いひかえれば、過去の教育によって形成された自分の内面に求めることはできない。

どんな行動を起すにしても彼はその方向を示すジャイロスコープを内部に持たないのであって、たえず外部レーダーを働かせて、他人との関係において方向を決めなければならない。ところが問題の他人もまた、彼と同じく内部にジャイロスコープを持たず、行動の指針を外側に求めてゐるから、そこには「他人志向」の無限の循環がつづき、社会は「淋しい群衆」によって満たされることになるのである。

『淋しい群衆』の全体を注意深く読むと、二十世紀の人間が失ったのは、むしろ伝統的な行動の規範ではなく、十九世紀の人間がまだ持ってゐた行動への情熱的な動機なのだ、といふ印象を受ける。

山崎正和は、ディビット・リースマンの「The Lonely Crowd」 を「孤独な群衆」ではなく「淋しい群衆」と訳している。

1984年に山崎が指摘した「他人志向」で消費を続け、「そこそこの人生」を目指す「淋しい群衆」の物語は実は現在も続いている。というか、さらに「淋しさ」の程度は深まっているように感じられる。


物語は、1巻の最後で、主人公たちのヤンキー高校に対する復讐が急展開し、「そこその人生」への夢は絶たれつつある。

Somebody(なにか特別な人間)であろうともせず、 Anybody(ありふれた大人) として生きることを目指した若者たち、その「夢」が断たれることが絶望なのか、希望なのかはこの作品を読みながら考えていくことにしようと思っている。


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