怒りと共に生きた宇宙飛行士犬の物語に見る、自分の心と向き合うことの美しさ『ライカの星』
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怒りと共に生きた宇宙飛行士犬の物語に見る、自分の心と向き合うことの美しさ『ライカの星』

【レビュアー/高橋飯】

人間が嫌いだ。

子供の頃から、殊更自分を棚に上げ、他者や生き物を軽く考えているものが嫌いだった。

それは自分自身にも言える事だった。

年齢を重ねた今もそのような事に関して思うことは多い。

動物や生物としての人は好きだが、人間という社会的概要に嫌悪感を持つことが多い。これは他者から見るととても些細なことかもしれないし、細かいことだが、自分にとっては、生物の中の人間と、社会の中の人間は全く別の存在だ。

特にこの『ライカの星』を読んだとき、長年持ち続けていた悔しさがあふれた。

ライカ犬は、人間の勝手な都合で命を奪われた。

犬の宇宙飛行士・ライカ犬を知っているだろうか。宇宙空間で地球軌道を周回した最初の動物である。

本作はこの犬、ライカが主人公の物語だ。

人間によって宇宙に飛ばされ、宇宙空間で孤独の中で死んだライカは、万物を司るような不思議な存在に、もう一度生命を与えられる。そして、新たな命を得たライカは、未開の星をあてがわれ、その星を発展させ、仲間の犬たちと平和に暮していた。

ライカは、自分を宇宙に放り出した人間を害悪と考えてた。美しい地球から人間を滅ぼし、再び故郷で仲間と幸せに暮らすことを目標に生きていた。「今の星で幸せに暮らそう」そんな仲間の言葉に耳を貸す事もなく、ライカは地球に向かっていく。

この冒頭を読んだ時、なんて悲しい怒りだろうと胸が熱くなった。

ポップな絵柄で可愛らしいライカや仲間の犬たち。繊細な優しい線で描写される景色が物語を丁寧に彩る。

しかし、そんな優しい表現の中でも、物語の根幹に描かれるこの不条理に強く心を揺さぶられた。

ある日よくわからない何かの都合で、人生を選択する自由を奪われ、恐怖と孤独の中で死を迎える事を想像してみて欲しい。これは実際のライカ犬もそうだったのではないだろうか。

そんな、そんな悔しい事があるだろうか。

ライカはどんな人生を送ったのだろうか、美味しいご飯をたくさん食べたのだろうか、野山を、海を、川を、思う存分駆け回っただろうか、誰かを愛したのだろうか、夜は安心して眠りについていたんだろうか…。

想像しただけで苦しい。

そんな想像を巡らせる中、この作品で嬉しく感じたことがあった。

それは「ライカは人間に怒りを持っている」という事だった。

そしてそれと同時に、ライカと同じく頭を悩ませたのは、

「その果てしない怒りをどうするか」という事だった。

怒りを収めるのか。向き合うのか。

怒りは他者から理解されない感情だ。

一人ひとり人生で経験してきたことによって、怒りを感じることは違う。

その果てしなさや、胃がひっくり返るような重さは、誰にも測れない。

例えば、箸がぽろっと落ちただけで怒りを感じる人は少ない。しかし、感じない人がいるということは、底知れない怒りを感じる人がいる可能性もある。絶対に無いは存在しない。私たちはそんな危うい世界で生活していると思う。

この物語のライカは怒りを持っていた。

それは素晴らしいことだと感じた。救いだと思った。

怒りに蓋をするにはコツがいる。誰かのため、何かを守るためなど、「尊い何か」で蓋をする。もしかしたら、怒りを収めることを自己肯定感を高める事に分類したり(怒らなかった!エライ!など)、それを行った自らを「尊いもの」とする事もあるかも知れない(怒らなかった!カシコイ!など)。

怒りは誰のものでもない。自分のものだ。

根本的に他者を巻き込むものではないのだ。何かのせいにして、大義名分で、怒りを持つ事はずるいとすら思ってしまうこともある。

怒りは、心や状況の綻びを解決するためのきっかけなのだ。

しかし、怒りを持つことは素晴らしいと思う反面、その振り下ろし方はとても繊細なことだと思う。

自らが「本当は何を思っているのか。感じているのか。求めているのか。」を分解しないと自分自身ですら、本当の意味で怒りを理解できないし、無情な争いや、別の何かを傷つける事になる。

もう二度と見たくない心の傷や、どうしようもないかっこ悪さと向き合わなければならないこともあるだろう。

怒りは解決につながる糸口だが、それを辿ると、もう一度深く、何度も何度も傷付くのだ。

怒りと共に生きる

本作は、ライカが怒りと共に生きた事を描いてくれた。

それによって、現実世界でライカ犬が受けた扱いに憤りを感じ、本当に命は「仕方ない」や「未来のため」というあやふやな一言で片付けて良いのかと思っていた自分も救われた気がした。

ライカが怒りの感情と共に生きる事を選び、そして自分自身も深く傷ついた事、それでもそうやって生きた先にあったもの、それらを辿る事ができる。

作品の中で、言葉にできても、できなくても、ちゃんと真っ向から心に向き合い寄り添って描く事は、美しいと思った。

過度なカタルシスや、悲しい気持ちに寄り添う事を求める読者には、この作品は少し淡々と感じられるかもしれない。

けれど、だからこそ、何かを求める切なさや美しさがある気がした。

この真っ直ぐに描かれた、切なく愛おしい線を、多くの人に読んで貰いたいと思った。

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