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100年以上創作と思われていたリアルな人種差別の話。白人男性に犯され続けた『ある奴隷少女に起こった出来事』

11月3日には大統領選挙もあり、黒人の不支持率が圧倒的に高いトランプ大統領が再選するのか否か、日本も含め世界的に注目される昨今。

去る8月28日には、キング牧師の「I have a dream」から始まる演説が有名な「ワシントン大行進」から57年目を迎え、ワシントンで人種差別撤廃を求める大規模な集会やデモが行われました。

9月12日にはテニスの大坂なおみ選手が全米オープンで優勝を飾りましたが、各試合で黒人に対する人種差別や警察による暴力の犠牲者の名前が記されたマスクをつけて戦い、「7回の試合で7枚のマスクを使いましたが、伝えたかったメッセージは何ですか?」と記者に尋ねられると「あなたが受け取ったメッセージは何ですか? というのがより重要な質問です。社会が問題提起を始めることが意義であり目標です」と答えたことも話題となりました。

アメリカでは国家が成立する前から300年もの長きにわたる間、有色人種を奴隷としてきた歴史があります。1954年のブラウン対教育委員会裁判までは、黒人分離は違法に当たらないという判例がまかり通っていました。キング牧師の演説の翌年、1964年に公民権法が制定され、ようやく有色人種の各種権利が法的に確立されました。

しかし、悲しいことですが21世紀となった今もなお差別的な思想や行為は横行しています。コロナ禍において死亡や失業が特に黒人に多く起こったことも相まって、今も毎日のように反人種差別デモや運動に関わるニュースが聞こえてきます。

多くの日本人にとって、人種差別は比較的縁遠い海の向こうの出来事です。特に国外に出ず、交流もない人にとっては肌感覚で理解し難い部分も大きいでしょう。しかし、最近では海外との交流もますます盛んになり、さまざまな領域でこうした問題に対してセンシティブであることが求められるようになってきました。

このような情勢の今こそ、この世界に生きるひとりの人間として読んでおくべき1冊が、今回紹介する『ある奴隷少女に起こった出来事』です。

奴隷自身が書いた貴重な真実の話

元来、奴隷問題に関する歴史的な資料や記述は大半が奴隷を扱う側の視点に立ったものでした。そもそも奴隷はまともな教育も受けられないことが多いため当然です。そうした意味で稀有なのが、この『ある奴隷少女に起こった出来事』です。

本書は元々1861年に刊行され、当時はあくまで白人著者が書いたフィクションとして受け止められていました。しかし、1987年になって歴史学者により筆者ハリエット・アン・ジェイコブズの直筆の手紙が発見され、その文章の相似から『ある奴隷少女に起こった出来事』はフィクションではなく、実際に黒人奴隷だった筆者が書いたものであることが証明されました。

「歴史とは勝者によって作られる」といわれますが、本書は弱者の立場から書かれた極めて貴重な記録なのです。

そうして100年以上の時を経て本書はベストセラーとなり、日本では2013年にハードカバー版が、2017年に文庫版が発刊されました。そして2020年8月になって、このコミカライズ版が刊行されたのです。

その内容は、極めて凄絶です。

黒人が受けた地獄のような日々

舞台は1825年のノースカロライナ。生まれた時から奴隷であった筆者は、不幸中の幸いとして6歳で母親が亡くなるまでは深い愛情に育まれて奴隷であることを意識せずに暮らすことができていました。

また、母の死後に主人となった白人のマーガレットお嬢さんにも、当時としては有り得ないことですが奴隷の身で読み書きを教えられるなど厚遇を受けていました。しかし、そのマーガレットの死後から地獄のような日々が始まります。

フリント家の「所有物」となった筆者は、人間としての尊厳を踏みにじられ続けます。母親の死に続いて、自分たちを解放するための金銭を蓄えようとしていた父親までも亡くなってしまい、その葬式に行きたいと願っても奴隷にそんな権利はなくつまらない仕事を優先させられます。あまつさえ、その父の墓前で、若い子を好むフリント家の主人に犯され、15歳にして貞操を奪われてしまいます。そして、その後幾度も主人による暴行を受けることとなります。

いつ自殺してもおかしくないような状況の中で、筆者は何とか小さな希望を見出してギリギリのところで生きていきます。しかし、好きな男性ができた時も

「奴隷の結婚が法的に認められていないことを

 お前は知らないのか!?」

とフリント家の主人に激昂されます。現代では考えられない言葉です。

筆者以外にも黒人たちが次々と虐げられていく様子は非常に苛烈です。中には12歳で孕まされた揚げ句、非人道的扱いを受ける少女も描かれます。奴隷市場で人間に平然と値段がついて「物」として売られるということが、中世などの遠い昔ではなく、つい最近まで実際に行われてきたのだと再認識させられました。

今、平和な世の中で生きられることの価値

これらの辛苦に満ちた体験を思い出しながら本としてまとめる作業の酷烈さを想像するだけで涙が出ます。彼女の強い勇気と意志によって紡がれた言葉があるからこそ、平和な現代日本で暮らす私たちにも二度と繰り返してはならない歴史や痛みが強く強く伝わります。偉大な仕事に敬意を表さずにはいられません。

『ある奴隷少女に起こった出来事』は日本人に読まれ始めてからの歴史はまだ浅いですが、『アンネの日記』や『夜と霧』のように読み継がれていくであろう、いくべき名著です。

現代の日本人が当たり前に享受しているものが、人類史においてはまったくもって稀有で得難いものであるということを私たちは往々にして忘れてしまいがちです。先人の偉大な努力によって築かれたこの恵まれた環境にもっと感謝しながら、日々を大事に、より良いものにするべく生きていきたいと襟を正します。

#WRITTEN by 兎来 栄寿
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