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山内直実版「落窪物語」は、和製シンデレラストーリーでありDV被害者を救う物語だ『おちくぼ』

【レビュアー/bookish

「和製シンデレラストーリー」といわれる古典、落窪物語。

原典をベースに多くの作家が漫画や小説にしてきました。

原典からアレンジされた山内直実先生の『おちくぼ』(白泉社)では、ヒロインの落窪の君と彼女を助けようとするまわりの人の関係が丁寧に描かれ、環境の影響で自信をなくした人の気持ちを立て直し、周りから差し伸べられる助けを受け入れようと思える心境になれるためのコミュニケーションが描かれます。

「和製シンデレラ・ストーリー」と言われる落窪物語とは

落窪物語の基本は、実の母親をなくし継母に育てられる落窪の君がヒロインです。貴族の家の普通の床よりも低いところにある部屋に閉じ込められていることから「落窪の君」と呼ばれます。

毎日継母にいじめられながら生活していたところ、女房である「あこき」のつてで彼女を知った貴族、藤原道頼(ふじわらの・みちより)が彼女に興味をしめします。

誰からも顧みられていなかった落窪の君が貴族にその外見と心映えを見初められ、幸せな未来をつかむところが「シンデレラ・ストーリー」とされています。

平安時代の話なので、男女の出会いは男性が一方的に女性を垣間見ることから始まるうえ、「女性がほとんど行動せず、得意なことを続けて自分を磨いていればいつか王子様がきてくれる」という物語の骨格は、2020年の女性陣の意識にあうかという疑問もあります(単行本の初版は2015年)。

しかし、山内先生が落窪の君を、継母にいじめられてややネガティブになりつつも芯のある女性に描いており、その性格は古くは見えません。

DV被害者の救済の物語

そして『おちくぼ』はシンデレラ・ストーリーであると同時に、家庭内暴力の被害者の救済物語でもあります。

特に山内版は、いかに落窪の君が継母だけでなく父親にも大切にされてないかを描きます。しかも落窪の君は、その現状に満足してしまっており、その状態からいい方向に抜け出させるのは至難の業。

さらに山内版では、なぜ落窪の君がこのように考えるようになったのかも描いていきます。彼女は実の母親に大切に育てられたあと、厳しく理不尽にあたる継母にどなられ反抗・反論する気力を奪われてしまったのです。

女房のあこきを含めまわりは落窪の君に道頼を夫として受け入れるように勧めますが、極端に自己評価が下がっている落窪の君はなかなか首を縦に振りません。

道頼からの歌にも返事する気になれず、最初は女房のあこきに任せてしまいます。

ここで活躍するのがあこきです。彼女は幼いころから落窪の君とともに育てられ女房という仕事を超えて彼女の幸せを考える存在として描かれます。

落窪の君の自己否定感情を強めるのが継母の言葉と態度なら、彼女の自己肯定感を高めるのもあこきという女房の言葉と活躍なのです。

丁寧で諦めない、自己肯定感の低い落窪の君へのあこきの言葉

あこきの落窪の君への態度は丁寧です。

落窪の君がどんなにネガティブになり自分の助言を否定しても諦めることはありません。もちろん女房として仕える相手というのもありますが、落窪の君がそれまでどんなに継母にひどく扱われてきたかを直接見てきているからです。

その言葉は徐々に荻窪の君にも届きます。

あこきは少しずつ落窪の君に、彼女が子どもの頃いかに大切にされていたかを思い出させていきます。この過程を経て、継母の「役に立たない」というある種の洗脳が解け、落窪の君はむしろ自分を卑下することは継母以外に自分を大切にしてくれた人の気持ちまでないがしろにすることだと気が付きます。

こうしてあこきの力によって、道頼の気持ちを受け入れ夫婦になる道が開けます。

自己肯定感の低い相手に助言すると、相手の受け入れる状態によってはなかなか届かないことがあります。同時に自分の状況を知らない相手からの言葉もなかなか届かない。

その点で、落窪の君の置かれた状況を知りかつ彼女が耳を傾けなくても言葉をかけ続けたあこきは、落窪の君にとって力強い救済者であったといえます。

物語を動かし引き立てる名脇役の存在

「落窪物語」をベースにした『おちくぼ』は、もちろん落窪の君と藤原道頼の恋物語がメインです。

しかし主役の2人の物語の道筋を作るのは、女房のあこきと彼女の夫の帯刀の力によるところが大きい。

2人は落窪の君と道頼と引き合わせ、夫婦になるまで双方をフォローしていきます。

『おちくぼ』のあこきの働きからは読みやすく展開のいい物語にはいい「脇役」が必要であることもわかります。

WRITTEN by bookish
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