日本に300万人存在する死別・離別による独身者は、残りの人生をどう歩むべきか『没イチ』
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日本に300万人存在する死別・離別による独身者は、残りの人生をどう歩むべきか『没イチ』

【レビュアー/工藤啓

死別・離別による独身者人口300万人社会

いま、当たり前のように傍にいるパートナーと、いつか別れのときがくる。そんなことは誰もがわかっている。ただ、それが本当に訪れることを前提に毎日を生きていない。

自分の命もいつか失うけれど、パートナーには長生きしてほしいと誰もが思う。その言葉の背後には、自分が逝くまではパートナーがいてくれて、その後は「相手がひとりで生きていくのもやむを得ない」という感情があるとしても。

日本には、40歳から59歳までの男女3300万人中、死別・離別による独身者の人口300万人以上存在する。

『没イチ』は、いつものように夫婦で布団に入り、朝起きたらパートナー(妻)が他界していたところから始まる。

声をかけても、顔をペチペチ叩いても起きない妻、心臓に耳をあてても聞こえない心音。119番に連絡をして、救急車が到着するまでは電話口で指示された心臓マッサージを施す。

ついさっきまで当たり前に隣に横たわっていたパートナーに、ひとり心臓マッサージする気持ちはどのようなものだろうか。

救急車が到着し、救急隊員同士で確認する。

硬直出てますか?

うん

ご主人 残念ですが亡くなられてますね

そして救急隊員から警察に担当が代わる。亡くなられていることがわかれば、医療従事者にできることはない。

次に必要なのは死因特定のための現場検証だ。

就寝する前に変わった様子はなかったか。夕飯は同じものを食べたのか。死亡理由の手がかりを聞かれるも、本人(夫)には何が起こっているかよく理解ができない。

最愛のパートナーが亡くなった意味がわからないまま、検視のためパートナーの遺体は搬送されていく。

「没イチ」が疑われる神経とは

奥さんが亡くなってまだ半年なのに 婚活パーティーに参加するなんて ちょっと神経を疑います

最愛のパートナーが原因不明の突然死で他界した主人公・白鳥学(45歳)は神経を疑われていた。死別で落ち込む親友を心配する友人に連れられてきた婚活パーティーの一幕だ。

突然亡くなってしまった妻のことをいつまでも引きずらないようにパーティーに誘った友人は、簡単に切り替えられない主人公に言う。

没イチ お前 没イチのままずっと独りで生きてくつもりかよ

残された者が次の幸せを探したって罰は当たんねぇだろ

パートナーを失った悲しみやつらさは、他者がわかったような口調で介入できるものではない。しかし、わからないなりに寄り添うことはできる。腫れ物に触るようにかかわるのではなく、むしろ、冗談交じりに次の人生について語りかけるくらいの距離にいてくれる友人の存在は貴重かもしれない。

腫れ物として扱うことは、本人を孤立させたり、孤独に陥らせる可能性があるからだ。

婚活パーティーに参加を促すことも、友人ができる提案のひとつかもしれない。

ただ、没イチ半年で婚活パーティーは神経を疑われる行動のようだ。そもそも、初めてあった人間にそのような言葉をかける人間の神経を疑いたくなるが、パートナーを亡くした人間に、不活動の時間を圧しつける大きなお世話感は、この社会のここかしこにあふれているようにも見える。

「ピア」サポートという希望

ある悲しみに共感できるのは、類似の悲しみを経験したひとかもしれない。

実際に同じ悲しみを経験してなくても寄り添うことはできる(例えば、専門トレーニングを受けたカウンセラーなど)が、やはり苦しい状態にあればあるほど、「近い境遇にあるひと」=「ピア」によるサポートは受け入れやすい。

主人公は、その婚活パーティーで、同じ没イチの百瀬美子と出会う。美子は4年前に夫を癌で亡くしていた。

自分は泣いてないんですよ 妻が死んでから一度も・・・

没イチ同士の美子だったから、涙を流してない自分を打ち明けられたのかもしれない。横たわる妻の遺体の傍らで、悲しむ親族を前に貧血で倒れた記憶。通夜、葬式、遺骨になった姿を見ても涙がでなかったこと。

ひとの悲しみやつらさを癒す(治す)薬もまたひとであるという考え方に「ひとぐすり」という言葉がある。

学にとって美子の存在が、癒しの薬になっていくのかは、現時点ではわからない。

しかし、美子が学に提案したのが「シェアハウス」で一緒に住むことであった。実際にシェアハウスを経験したことがあれば想像しやすいが、良くも悪くも、同じ屋根の下にひとがいる環境は、「ひとぐすり」の観点からは、まさに毒にも薬にもなる。

ひとはひとによって癒されもするが、傷つけられるのもまた、ひとによってである。

それでも没イチの学にとって、いまとなっては広すぎる自宅も、パートナーとの思い出が詰まる空間も、現実的な経済面からも、次の生活空間に移る必要があった。

そこに10歳ほど年の離れた若者たちが暮らすシェアハウス入居の打診は、驚きであり、新鮮であり、いまの生活環境を思い切って変えるには理に適った選択肢だったのかもしれない。

日本に300万人存在すると言われる没イチ者に訪れた孤独、腫れ物扱いされることで陥る孤立は、高齢化する日本においては大きな社会課題のひとつだろう。孤立・孤独対策が叫ばれるなかで、死別・離別経験者というテーマは、まだ話題になっているとは言えない。

しかし、いまパートナーがいる人間にとって、これからパートナーがほしいと考える人間にとって、いつか訪れる死が不可避であればこそ、一定の確率で没イチ者の当事者になる。

それであれば、私たちはいま本書を読んで、自分だったら何ができるのか。どう行動し得るのか。そのとき支えてくれる友人はいるのかどうか、改めて自分の日常にある非日常の可能性を考える必要があるのではないか。


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