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大胆なフィクションが極限のリアリティを生んだ、よしながふみの新訳・徳川江戸奇譚『大奥』

【レビュアー/bookish

歴史を扱う物語は、作者が舞台設定を巧みにすればするほど、史実ではない創作部分が実際に起こったの事のように感じられます。

男女を逆転させて江戸時代を描くよしながふみ先生の『大奥』(白泉社)もそのひとつ。

物語の終盤にかけて、徳川家の終焉という史実上のクライマックスとあわせて物語も最高潮に向かい、どんどん面白くなっていくうえ、描かれる内容は、良質のSF(Society Fiction)として現代社会を考えるきっかけにもなるという必読の作品です。

『大奥』は「第13回手塚治虫文化賞」を受賞し、ジェンダーに対する理解を深めることに貢献したSF・ファンタジー作品に与えられる「ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞」も2009年度に受賞しています。

序盤ですでに評価が確立した作品と言えますが、物語が進むにつれその面白さとメッセージ性が高まっていくところに真骨頂があります。

男女逆転の江戸時代をリアルな舞台設定で描く

物語の舞台は関ヶ原の戦いを経た徳川幕府成立直後に、日本で原因不明の疫病が若い男性の間だけで広がり、男女の人口比がいびつになった世界。

商売や農作業などの労働を含めそれまで社会で男性が果たしていた役割を女性が担うようになります。家業も女性から女性に引き継がれることに。

その結果として、若い男性は「貴重な存在」になり、外に出て仕事をせずに家の中で大切に育てられます。女性は経済力を手に入れる一方で、仕事も子育てもすべて女性が担うことになり、一般庶民の生活は楽ではありません。もちろん男性が減ったことで、庶民にとっては結婚も難しくなります。

それは徳川幕府も例外ではなく、男性の「徳川家光」の疫病による死亡をきっかけに、娘が「徳川家光」の名前を引き継ぎ、将軍はもちろん老中を含む幕府の官僚組織の主要な役割は徐々に女性が占めることになります。

タイトルの『大奥』は、もちろん江戸城にあった将軍家の子女や正室、奥女中(御殿女中)たちの居所が由来ですが、よしなが先生の『大奥』に集められるのは美女ではなく見目麗しい男性たち。この男性が女性の将軍に仕えることになります。

設定だけ見ると驚きですが、よしなが先生は「官僚組織であるがゆえに女性がその役割を果たせる」とさらりと指摘します。

その理由としては、武力を背景に物事を決めていく武断政治から、儒教の理念や法制度を整備することで世の中を治めようとした文治政治に移行するなか、武力を振るうという男性最大の「力仕事」がなくなることで、女性が政治を行うことへのハードルが下がっていったという側面があります。

組織運営の難しさと適切な人材登用の重要さ

大奥の連載開始は2004年。当初は、組織での女性登用がなかなか進まない日本社会への風刺とも受けとられていました。しかし、そこはよしなが先生。そんな単純な物語は描きません。

物語が進むにつれ、男女問わず様々な人の利害や思惑が絡んでいる組織を動かすことの難しさや、性別や出自を問わない人材登用の重要さに焦点が当たっていきます。

そもそもの政治や権力が、「ある集団が安心して暮らすためのルールや仕組みを作るためにある」とすると、権力を持つ為政者(注:政治を行う人)として力を発揮する女性もいれば、その権力を自分のためだけに使う女性も登場します。

徳川吉宗を含む、為政者としてすばらしい女性を描いたあとに、理想も理念も無いまま権力を追求し、息子を将軍の地位につけてその影から最終的に周りの人をコントロールすることだけに楽しみを見出しているようになる徳川治済(こちらも女性)を描きます。

あえて男女逆転させた組織を描くことで、「単純に今まで男性がやっていたことを女性がやればうまくいくよね」という甘い考えを切り捨てていきます。

政治に向く女性も男性もいれば、向かない人も存在する。

権力闘争をしかける女性もいれば、そうした闘争からは距離をおいて自分にできることにまい進する男性もいる。

どんなにその時代に求められる政策でも、進め方を間違えれば反発が生まれ、より大きな悲劇につながる。

描かれるのは、権力の行使も組織運営も「男性だから」「女性だから」「名門の家の出だから」「能力があるから」でできることではないし、「正しい」政策が常に受け入れられるわけではないというシンプルな事実です。

この描写は、物語の舞台となった日本の人口構成をいびつにした疫病を撲滅するための研究のおかげで、いまでいうワクチンが開発され男性が死ににくくなってからより明確になります。

ワクチンが完成したことで予防法が確立され、成人まで生きのびることのできる男性も増加。徐々にいびつだった男女の人口比は是正され、疫病まん延前のように男性が家業を継ぐことも増えてきます。

庶民だけでなく、武家でも史実に残る名前のとおり男性が家を継ぐようになります。

幕府の要職も、将軍の方針で男性がつくことが増え、政治の場から女性を排除しようとする男性も目立つようになります。

しかし「男女問わず能力がある人が組織で責任を担うべきである」という物語の後半で強調されるテーマは変わりません。男性が生きのびるようになっても女性の将軍や老中は登場し続けます。

時代の転換点に求められる人材とは?

こうしたテーマは、現実の幕末という再び武力が求められるようになり、諸外国とのやり取りも生じる時代の転換点に、この男女逆転の是正をぶつけてくることで、より説得力が増してきます。

『大奥』という男女の情がテーマだった物語の序盤から、ワクチンの開発を経て、海外との取引を制限していた鎖国が解く幕末に至り、大奥も政治や社会とは無縁ではいられなくなります。

その象徴となっているのが徳川慶喜です。

出自も、知識も、モチベーションも、「厳しい時代に将軍職に就くのにふさわしい男性」とされますが、いざ将軍の後見役や将軍として組織の中に入ると、とにかく部下からの評判が悪い。

それは「課された仕事をやるのは当たり前」という意識が強すぎて、部下のやったことを評価したり生かそうと考えたりすることがないからです。

慶喜の描写がどこまで史実通りなのかはわかりませんが、表面上は権力を持つ慶喜に従いつつも、心の中で反発する登場人物が増えるにつれ、「出自や知識そして性別だけでは混乱の時代を乗り切ることはできない」という見方が明確になってきます。

歴史物語の中に溢れる現代に通じる価値観

史実がベースの「徳川幕府の成立から崩壊まで」という、すでに大筋がわかっている物語をなぜ読むのか。そしてなぜ面白いのか。

それは、SF的面白さに加え、今に通じる価値観が描かれているからです。

前述のような、「性別や身分を問わず能力がある人を適切な役職に引き立てるべき」という当たり前の人材登用の方針はもちろんですが、「子育ても実の両親でなくてもいい」ということが描かれています。それが14代将軍・徳川家茂と和宮の関係です。

幕末の混乱期に将軍の地位についた14代将軍・徳川家茂。(名前は男性ですが『大奥』内では女性です)

実際の史実では「仁孝天皇の皇女、和宮親子内親王との結婚」しましたが、『大奥』では一度、当時の帝の弟君との婚儀の話が持ち上がります。

しかし皇子本人が拒否したことで、存在が隠されていた宮家につながる女性が「和宮」として身代わりになり江戸に下ることになります。

作中で幕府側が予定していたのは「女性の将軍と帝の弟君との結婚」ですが、結果的には「女性の将軍と女性の和宮の結婚」になります。

力と経済力が衰えつつある将軍家はこれを抗議できず、江戸城内で女性2人が「夫婦」として生活することになります。

当然女性同士では子どもはできず(というかそもそも2人の間に肉体関係があるようには描かれません)、後継者問題が持ち上がります。

結果として家茂は周りからの評価が高かった徳川慶喜を人の上に立つ器量がないと判断し、ほかの家の子どもを後継者とするため養子とします。

そして家茂は国と徳川家を守るために和宮に「親」になることを提案します。「まことに信頼に足る人物ならば夫婦でなくても2人で人の子の親になっても良いではありませぬか!」という家茂の言葉に「その通りです」という感想しか持てませんでした。

重要な役割を果たすことになる後継者育成に、独りではなく2人で取り組めるのことは家茂にとっても心強いのでしょう。結果として家茂は志半ばでこの世を去りますが、家茂と和宮の絆を深くしたことは間違いありません。

この物語はノンフィクションではありません

いうまでもなく『大奥』はフィクションで、実在の人物の名前と役職、「徳川家光という将軍がいた」「鳥羽伏見の戦いが行われた」という歴史的事実に、よしなが先生による設定と解釈を組み合わせて物語が綴られます。

もちろん最大の創作は「治療法も予防法も当初はわからなかった、原因不明で若い男性にだけ影響を及ぼす疫病のまん延」です。

しかしこの組み合わせがあまりに巧みすぎるため、読みながら「これは史実」「この設定と描写は創作」と確認しなければ、間違った歴史と人物像を覚えそうになってしまいます。

歴史好きはしばしば、良質の歴史物語を読んだとき、その物語自体を「史実」と誤解する罠に陥ります。

特に史実と創作を巧みに混ぜられると、作者の創作部分とわかっていてもそれを史実と思い込んでしまい、歴史上の人物のイメージを固めてしまう。

司馬遼太郎氏の小説で描かれた創作部分を「史実」と思い込む「司馬史観」という言葉もあります。(だからこそ歴史物語を読んだ後は、同じ分野の研究書を同程度読み、自分で史実と創作部分を分離する必要があります)

この現象は、史実というファクトを理解させるための語り口=物語の力が強いから起こることで、よしなが先生の『大奥』にもこの強さがあります。

『大奥』の場合、表面上の物語の展開は、疫病の発生と制圧を除けば史実で、架空の人物がほとんど出てこないことがさらにこのジレンマを複雑にしています。学習漫画ではないので、「史実」ではないといいつつも、ことは十分承知ですが、各話の冒頭に「この物語はフィクションです」の注意書きがほしいと切実に思いました。


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